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福島県

2016年8月 2日 (火)

福島 相馬野馬追 大内宿

会津‐日光間の下野街道の宿場町”大内宿”。Img_0490
伊達政宗が北城氏へ合流するためにここを通った事は確認されているとか。
Img_0558
そう聞いて、時があっと言う間に飛んでいく。
(どうしても渡辺謙が現れる。。。)
 
此処で運転手が又、道を間違えた。
右折するところを10分も行き過ぎてしまった。
。。。。
Img_0389
大型バスだから直ぐにUターン出来ない。
客はこの4回目の大きな<ミス>に一瞬黙った。
乗客は眠気も飛んで、行く先を凝視する。
又間違えないように。。。
 
戻って左折する。
道端の表示が目に入る。こんな大きな看板を彼はどうして見落としたか。。
 
Img_0387
もう ”マタ マチガエタノ?”という人は居なかったが、数分後、笑いがこみ上げて来た。
私は一人で笑った。
 
もう、笑うしかない。
可笑しくて可笑しくて。。
TVのコントを見ているようだ。
運転手もそんな感じの(剽軽な印象の)人だった。
 
散策を終えてバスへ戻る時、添乗員が客に”また間違えたんです。もお~。。”
Img_0493
ああ、やっぱり。。
添乗員は何食わぬ顔で客にニコニコと接し、道を間違えた事を、”もう暫くお待ちください。” と柔らかく言うのみだったが腹に据えかねていた様だ。
Img_0619
 
間違えたことへの謝罪はなかったが(謝罪のしようもないが)、イライラしていたようだ。
 
ツアーでは旅の終わりにアンケートを提出する。
私は敢えて書くことも無かった。
だって、笑わせて貰ったし。。。
 
Img_0597
添乗員は”(遅れた分)少し速度を上げてきました。”と言ったが、そっちの方が怖い。
Img_0627
 
彼の焦りのせいか、高速でしきりとブレーキを踏むのに私は冷や冷やしていた。
 
葵の花は天辺まで咲いて、そろそろ梅雨も明ける頃だ。

エンジェル 

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2016年8月 1日 (月)

福島 相馬野馬追 会津若松城

郡山のホテルから会津へ向かう。Img_0131
再度、磐梯山を観る。
真ん中が噴火でごっそり抜けた。
この山って筑波山を大きくしたようだ。
Img_0251
 
先ず柏屋で薄皮まんじゅうを頂く。
前日<つぶ>を間違って買ってしまったので、<こしあん>を買う。
私の大好物だ。
 
会津城。Img_0268
私は3度目になるが北口から入るのは初めてだった。
お堀を渡り石垣を観る。
入城の際は背筋が伸びる。
城の威厳がそうさせるのだろう。
Img_0290
 
青葉の桜並木。
”桜の頃は見事でしょうねえ。”
ボランティア ガイドは嬉しそうに、
”そう、これですよ!”と写真を見せてくれた。
Img_0310
城に桜。
白壁に石垣。
我々の心にぐっと迫って来る景色だ。
Img_0339
 
入り口の石垣に大きな”丸い”石が嵌め込まれている。
<鏡石>と言って”魔除け”だそうだ。
 
3種類の石垣が見える地点でガイドが説明してくれる。
隙間のないもの、少し隙間が有るもの、そして秀吉の頃の”野面積み”は先の震災でもびくともしなかったという。
 
Img_0286
会津がどうして戦わざるを得なかったか。。

白虎隊の他に”二本松少年隊”というのが戊辰戦争を戦った。

Img_0073

 
12歳から17歳の少年部隊。
当時は<入れ年>という危急の際には2歳加算して出兵許可を出す制度があった。数え年の1年と2歳足して12歳は15歳相当。
余りの幼さに勤皇派は捕らえようとしたが、抵抗が激しく討つしかなかった。。。
 
戦はいつの世も悲惨だ。

エンジェル 

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