最近のトラックバック

2019年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
フォト
無料ブログはココログ

ARGENTINA

2019年6月 2日 (日)

高慢な正社員と馬の骨

ブエノスアイレスで色んな仕事をした。
しょぼい旅行会社の留守番。クリーニング屋の二階の小さな編み物工場へ住み込んだ。街で”日本人?”と声をかけられ、その人の兄の手伝いをすることになった。小さな貿易会社の一角に机を貰って魚の商売。マルデルプラタ市の工場見学をさせて貰った。
(そこで数年後に働くことになった日本人と出会う。)
結局、アホな上司に追い出されたが、親切な社員に紹介されて不動産屋で働いた。
(そこで一生尊敬できる人に会った。)


全て中途半端な期間だったが<真面目>にちゃんと働いた。
こんな経験からか自己紹介で<私はマジメデス!>というセリフが増えた。
コンプレックスの裏返しだ。
<私は真面目です!>
何とも情けないセリフだなー、と言った後で苦々しい思いが過った。


出張で来た男が夕飯で私を”キリギリス”と評したことがあった。
<蟻とキリギリス>のキリギリスのように”のほほーーん”と遊んでいる女と比喩されて、内心憤慨した記憶がある。

私をよく知らない他人、上司でもないのに同じ会社だからって、なぜそんな失礼な言い方をされなきゃならないんだ。
家族でもないし、そいつから給料を貰っているのでもない。
私の経歴を尋ねた事も無いくせに、社員で年上だからと言いたいことを言う失礼な奴。
Img_6686

海外に住んでいるというだけで”遊んでやがる”とむかつき、同国人というだけで平気で人を傷つける嫌な奴。
妬みだろうな。私の若さと自由に嫉妬したのかも。。

こちらは貧乏生活で一生懸命生きていると言うのに。
現地の人から貴方はどうとかこうとか言われたことはないのに、日本に住んでいる日本人は海外で住んでいる同国人に対して<優越感>を持つようだ。
或る時、ブエノスアイレス郊外の日本の大手電機会社の面接を受けた。
こちらはもっと失礼な奴だった。
散々お話をして最後に、

”ドコのウマノホネとも分からない人を採用する訳にはいきません。”

私は意味を理解したのに顔ではへらへらしていた。
馬の骨。
まさか私に対してこんな言葉が投げかけられるなんて。。
その言葉に驚いて言葉を失った。

Img_6744


”あんたも私も平民じゃあないか。お互いさまじゃあねえか。。バーロー!”
とけつをまくってくれば良かったと今でも悔悔している。
父が聞いたらそいつをブッコロシテいただろう。

みーーんな、どっかの馬の骨じゃあ内部ないか。
部長だからって。どんだけ? 
そんな侮蔑を初対面の女子に言うか。。
ここまで日本人が礼儀知らずなのに衝撃を受けた。


当時、出世コースはUSAかヨーロッパ駐在だった。
左遷で地球の反対側まで飛ばされて出世から遠ざかり、自己嫌悪の塊の正社員。
不本意のまま赴任してプライドも地に堕ちたようだが、でも辞めるほどの気概もなく不平不満のままやって来た男。
苦々しい職場にへらへらとやってきた日本女性に嫉妬して、溜まった不満が爆発したとしか思えない。
私の自由が羨ましかったのだろう。

<馬のホネ>は頭を横滑りして行った。余りに酷い事を言われて頭が固まってしまった。
顔には笑みだけが残っていた。
私はどんだけアホだったのだろうか。

その男に再会する機会があったら、彼がどんだけ出世したか尋ねたいところだが、あの若造の顔も名前ももう覚えていない。
ただ、現在使用しているパソコンがその会社の製品なのに苦笑いするのみだ。

エンジェル
こちらも書いてます。
http://blog.livedoor.jp/torayohime/
(Angelaの簡単スペイン語)
http://blog.livedoor.jp/torayohime-shirayuki/
(しらゆきひめのブログ)
↓読んで頂きまして有難うございます。ポチをお願いいたします。
にほんブログ村 シニア日記ブログ 団塊の世代へにほんブログ村 シニア日記ブログへ

2018年9月12日 (水)

ラテン系の友人たちの楽しみ方

もう30年以上前の話だから現在はどうか定かでないけれど、多分今でも同じような時間の楽しみ方をしているのだろうと思う。

ブエノスアイレスでは週末になると友人知人が”会おうぜ。”
若者は金がないからいつも誰かの自宅に集まる。
余裕があればレストランにも出かけただろうが郊外だったので中心地までは一時間以上かかるし、近所にこじゃれたレストランが無ければ自宅が一番快適な場所なのだ。

いつも10名くらいが集まった。

リビングに陣取り、ワインや軽食がふるまわれる。
大した料理ではなく、ピザとかパンにパテを塗ったものやクッキー等の乾きもの。

家族は出かけていることが多い。
居たとしても挨拶のみで子供たちの座には加わらない。
大人と20代の子供の世界とがきちんと分けられている。

Img_4057

そして<会話>を楽しむ。
私は言葉が解らなかったので、すぐに連れに”XXってなあに?”と聞き返すので、ある日、話し手が私が何か言う前に ”アトデ説明するよ!” 
で大笑いになった。

別に無視されているわけではないが、言葉を理解できないのだからしかたない。

会話といっても自分たちに起きたおかしい事をユーモアたっぷりに話す。
話術に長けた人は当然座の人気者になる。


日本でいう漫才のような笑いの落ちの度に座が盛り上がる。

みんなこうやって会話のセンスを学んでいくんだ。。

その後 スペインに住んだ頃には少しずつ話が分かるようになってきた。

段々会話が楽しくなってきて、理解できる喜びを感じた。

もう一度アルゼンチンに戻って、あの時の連中の話を聞けたら、私はもっと幸せな気分になれるだろうなあ。



印象深い笑い話二点。

カトリックではキリスト教関連のカードをよく見かける。(お札かお守りと言った類。)
キリスト磔刑のカードで、キリストは盗人たちとゴルゴダの丘で処刑される。
キリストが後方の盗人達に声を掛けた。
”おい、もうちょっとこっちに寄らねえと、写真に入んねえど。。”

世界を作った創造の神の会議で、
神は世界中の民に富を均等に分け与えた。
アメリカにはXX,ロシアにはXX,アフリカにはXX。
アルゼンチンには牧牛、鉱物資源などを与えすぎて<不公平>じゃあないかとある神がクレームしたら、
”大丈夫。 だからアルゼンチン人を置いたんだよ。”

自虐的なネタが結構多い。


この日の為に仕入れてきた笑い話を披露して笑いを取る。

あの頃は楽しかったなあ。。
あの時間を懐かしく思う。

今なら私も気の利いた日本の笑い話を披露できるのに。。

エンジェル 

こちらも書いてます。
http://blog.livedoor.jp/torayohime/
(Angelaの簡単スペイン語)
http://blog.livedoor.jp/torayohime-shirayuki/
(しらゆきひめのブログ)

↓読んで頂きまして有難うございます。ポチをお願いいたします。

にほんブログ村 シニア日記ブログ 団塊の世代へ

にほんブログ村 シニア日記ブログへ

2018年9月 1日 (土)

裁縫箱 40年前の針セット

裁縫箱にはボタンや端切れ、ジッパーなどがぐちゃっと入っている。
久しぶりに糸を探す。
ニードルセットが出てきた。
数本の針が残っている二つ折りの厚紙。
40年以上前にブエノスアイレスのバスの中で買ったもの。
Img_8539
この時の光景をはっきり覚えている。
あちらでは(今でもそうか知らないが)物売り、物貰いが電車やバスに乗り込んでくる。
電車ではアコーデオン、バイオリンやギター演奏もあったが聞き惚れるほどの腕前はいなかった。
彼らには二種類ある。
ただ ”金をチョウダイ!” と無心するお乞食さん(大人や子供)やいざりなどの障碍者と
一応、物を売りつけたり楽器演奏などのサービスを売る人たち。
子供が乗客の膝に物をパーッと置いていく。
それらはキリストやマリア様のカードなどが多かった。
要らないよというリアクションが出来ないほど素早い。
ワゴンの全員に配り終えてから回収にくる。
殆どの人は物に触らず回収されるのを待つ。
子供はさっさと片付ける。
たまに購入するのではなく、チップをあげる人を見た。 
Img_8540
今思えば、それらは一体どれ程の確率で売れたんだろうか。。
都心からラプラタ川支流のティグレ駅まで70分ほどかかる電車。
何度も往復しているのだろうか。
この針セットは薄汚い若者が売っていた。
大きさの異なる針が20本程、銀紙に並んでいて毛糸針と糸通しまでついていた。
あら、これは役に立つわ。。。
今、細い針が数本、錆もせずに残っている。
”Happy Home”
戦後のアメリカみたいな表紙が可愛らしい。
私はこの針セットと共に居を転々としてきた。
ある意味、相棒だ。

エンジェル

こちらも書いてます。
http://blog.livedoor.jp/torayohime/
(Angelaの簡単スペイン語)
http://blog.livedoor.jp/torayohime-shirayuki/
(しらゆきひめのブログ)

↓読んで頂きまして有難うございます。ポチをお願いいたします。

にほんブログ村 シニア日記ブログ 団塊の世代へ

にほんブログ村 シニア日記ブログへ