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2018年3月 3日 (土)

仲間から戦争の話を聞き父を思う

旅の初めに食事をA夫婦とご一緒した。
貫禄があって、気難しそうで、社長タイプの人だった。
苦手な人に当たったなあと思いつつ、当たり障りのない話をする。
どっちの方向に話を拡げるのかを待つ。どんな話題がこの方の興味を惹くか。。
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奥様が連れに”同じグループの人ですか?”と確認したのを耳にして、ご主人が、
”そうだよ! シツレイナ。”と軽く窘めた。

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でも、それがきっかけで会話が始まった。
見合い結婚で伊豆大島へ新婚旅行に行った話になった。
(伊豆大島が新婚旅行のメッカだったって知らなかった。。)
そこで、姉の結婚式後に父が上野駅で万歳三唱した話をした。
新幹線じゃあ無かったんです。窓を上げて、二人はお雛様のように並んで。。
今から思うと滑稽ですよねえ。。
奥様はケラケラと笑う方で、ツボに嵌ってしまった。
当時の結婚式を思い出しながら、三文芝居を見ているように我々は笑い続けた。
それから話題はA氏の父親へ移った。
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父親が戦地にいる間に彼は生まれ、復員した時には2歳だった。
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父は成長した我が子に戸惑った。手放しであやしたり遊んだりは無かったそうだ。父との間に溝があったようだが、これは彼の一方的な感情だったのかもしれない。
無口は父親は怒ったら、”それはそれは恐ろしかったです。。”
他方、我々が<ゴッド ブラザー>と呼ぶ兄弟の兄は、1歳の時に父親が戦地に赴いた。
戦時中は母方の親戚に疎開していて、叔父さんが彼にとっては父のような存在だった。
だから或る日戻った男は<知らないおじさん>で、彼は懐けなかった。
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そして4年後に弟が生まれた。
”こいつはね、父親に可愛がられたんだよ!”と弟を指した。

出産から見ている父親は初めて父としての実感を持ち、弟をとても可愛がったそうである。弟を笑顔であやす父親の姿に兄は疎外感を覚えた。
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弟は ”オレは、知ラネエヨ。。” 
このゴッドブラザーは5人兄弟で毎年全員が集合して旅行に行くそうだ。
”俺が生きている間は旅行を続けるんだ。”
<長男>の自覚が強く、兄弟をまとめ上げてきたが、父親との距離は消えなかったそうだ。
 
この二つの話を聞いて、あー、戦争ってのは残った家族にもトラウマを生んだんだー。
父親にも我が子ながらそれをうまく表現できない葛藤があったんだろうなー。
今は穏やかな生活をしている70代の息子たちの打ち明け話。
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私は父の事を思った。
長男の彼が復員した時、実家は次男が切り盛りしていた。
色々とあったのだろう。次男は東京で店を構えさせてもらったが、今から思えば相続で揉める原因はこの時に芽生えたんではないだろうか。。
結局、戦争で悲しい思いをした人々は多かったということだ。
この旅行に私は父の傘を持参していた。
自分のが見つからなかったせいなのだが、”お父さん、一緒に行きましょうね。。”
翌朝A夫婦と又、テーブルが同じになった。
”昨晩は父の事を色々と思い出しました。”
そうですか。。お父様の供養が出来て良かったですね。
 

エンジェル

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