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2017年1月 4日 (水)

アミューズミュージアム BORO展

浅草寺の”二天門”の近くにある。Img_1107

先日たまたま海外の人とお店に立ち寄っていた。
”此処を見ようよ!”と言われたので。
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浮世絵の本や<和の土産物>が多いなーとは思っていたが、2階からミュージアムだったとは。
Img_1151
 
”BORO”の展覧会があった。
東北の貧しい農民たちが布切れをつぎ足しつぎ足し有効利用をしていた。有効利用と言えば聞こえが良いが、実は端切れを捨てる訳にはいかなかった。
それ程貧しかった。
Img_1140
美しい<刺し子>は本来、布の強度を高める為だった。この襤褸は刺し子ではなく、端切れを当てて縫い付けて行ったもの。
 
Img_1127
 
母親が一刺し一刺し囲炉裏端で針を刺す姿が目に浮かぶ。
縫い目の荒いのはもしかしたら子供が刺したのかもしれない。
女性らしく”赤”を組み合わせたり、楽しんで作成したようでもある。
 
人のぬくもり、家族。
Img_1203
美しい前掛けの織物。
クロサワ監督が映画<夢>に使用した。現物は重要文化財の為に貸与できないので、同じものを調達した。撮影後は衣装以外の全ての備品まで送り返されてきたそうだ。
Img_1190
 
 
我々が”どてら”と呼ぶ綿入りの長い半纏。
これを被って眠る。子供は”裸”で親の両脇に抱かれ眠るのだそうだ。
両袖にすっぽりくるまれて父や母の体にしがみ付いて暖を取る。
 
あー。。
私は一度だけ父親に抱かれて寝た事がある。それ以前にも何度もあったのだろうけれど、その一度しか覚えていない。
父は両足で私の足を温めてくれた。

Img_1219
どてらの身ごろの厚さは10-15ミリ。芯には綿ではなく麻布が入っている。破れた部分に上からどんどん布を重ねて縫って行く。
汗や垢が沁み込んで、凡そ<美>とは程遠い品物だったが、薄汚れたそれらが今<美>として展示されている。
人の”思い”がやっと形になって地上に出て来たような感じがした。
Img_1200
 
 
それは立つのだそうだ。
”どてら”は分厚いので、まるで衝立のように部屋の隅に立つという。
その話には笑って良いのか、複雑な気分だ。
海外で<BORO>が人気があるのは聞いていたが、私はこの<襤褸>を見て、ぬくもりと親子の繋がりや母親の暖かさと貧しさを強く感じた。
村全体の生活レベルがそうだったのなら、そこには貧しさの翳など無かったのかもしれないが、何だか悲しさまで縫い込まれていたような気がした。
いつも暖かい布団を与えられてきた事をしみじみと親に感謝した。
 
エンジェル

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